見てるようで
「子どもと言うものは、親の目が届かない所で育っている」
この言葉は僕の中に深く刻まれてる言葉。
そして、子ども達を海外遠征などに連れて行くとそこに繋がる様々な変化を見たりすることもある。
親の前でも見せたことの無い、ひょうきんな一面。
意外に寂しがりやで、夜な夜な泣き出す選手。
優等生だけど、自分の身支度が出来ない選手。
助けてもらえる人が居たら、どうしても甘えて頼ってしまうのは当然。僕もその1人。
また反抗期の時期などは色々、親から言われた事に反発して、感情が先に来てしまう。
でも、親の目から離れたとこでは、自分もひとりの人間として認められた気分になる。
そこから、自分の判断で行動して、自分が間違っていたら僕たちだけではなく、知らない人にも怒られる。
分からないことがあれば、自分で聞く。
やりたいことがあれば、自分で挑戦してみる。
心細かったら仲間を誘い、増やしていく。
親に「片付けしなさい!」と、言われてやらない子が、自分の周りの選手がやり出したら自然とやり出したり。
本当に必要な事って、教わるより自分で感じることが大切であり、一時的に言われたから動いた所で正直、身になっていない。
これは今まで、日本全国の何百人と海外で共に生活をして感じた事。
親が見ていないとこの方が、多くの事を考えて自分から判断して行動を起こしているからどんどん伸びるのを感じる。
よく「可愛い子には旅をさせよ」というが、その理由が「子どもと言うものは、親の目が届かない所で育っている」と、ここに繋がると思ってる。
あれやこれや言うのではなく、本人の意思で必要だと思わせる誘導?が、大人が出来ればいいのかな。転んで擦り傷をして学ぶ事もあるし、怖いおっちゃんに怒鳴られて学ぶ事もあるし。
大人が子ども達を見てるようで、見てない時間を作ってあげる事が、子ども達を成長させる。
ゴールデンウィークも終わり、今日からMSAスクール再開。成長した子ども達に会えるかな?
楽しみ!!