厳しい愛
サンタさんからプレゼントもらえましたか??
僕のとこにはプレゼントはありませんでした。
でも、毎日のように多くの方々から素晴らしいプレゼントをいただいているので、クリスマスだからってサンタさんに贅沢は言いません(笑)
さて、クリスマスなんで子ども達や親御さんに関わるブログを書きたいと思います。
このグローバル化が進む現在、親たちが様々な分野で子ども達を「世界」で活躍するエリートに育てるため日々、大変な努力を重ねています。
しかし、ここがポイントで、“ 親が努力”をしている方が多い。
最近では、若いママやパパが増えている傾向もあり子育ての仕方がわからず、周りの助言にも恵まれないご家庭も多いと話を聞きます。
親が一生懸命になる事、努力する事、応援してくれる事、、、
これらは子どもからしたら、これ以上がない最高のパワーになります。
だからこそ、子どもは親への信頼が絶大なんです。
良いことも、悪いことも、そのお母さんやお父さんに言われたら、お子様は神の声と同じぐらいの価値観で話を聞くでしょう。
では
親が間違った事を伝えていたら
親が甘やかしていたら
子ども達は自分の力で軌道修正出来るだろうか。
そもそも、教えていない事をやりなさいなんて状況を子どもに与えているようなもの。
親の“優しい”だけが愛ではないし、だからといって全てを教えるのは愛でも優しさでもない。
親は子どもが可愛いのは当然。目に入れても痛くないなんて言葉が生まれるぐらいなんだから。
その我が子を愛するが為に、子どもを甘やかしすぎて、最近では厳しい局面での子ども達の人格形成が追いついていない子ども達をよく見る事があります。
某アニメにもありましたが、「叩いたな。親にも叩かれた事ないのに」みたいなフレーズがありましたが、今はリアルでその現象は起こっています。
更には親にもちゃんと怒られていない子どもが、他所で悪さをして他人に怒られた時、自分の子どもをかばう親が増えている話も良く聞くし、挙げ句の果てには、その怒った方を不審者扱い、他人の子どもに話しかけたなどの理由で大きな問題になったりと、
「誰が子ども達に良い、悪いを教えるの??」って状態になっています。
じゃ、どうしたらいいの??
もちろん、正解はよくわかりません。こればかりは家庭環境だったり、価値観だったりで大きく変わっていくから。
でも、僕が指導をする立場の人間で意識をしてるのが厳しい愛という表現。
この厳しい愛といえば真っ先に、「獅子はわが子を千尋の谷に落とす」と言ったことわざが思い浮かぶ方も多いかもしれません。
よくテレビ番組などでも、動物の生態をドキュメンタリーで放送する番組とかも増えましたよね。
動物の子どもが自立すべき時期がくると、母親が子に餌を与えず、または子どもに餌を運ばないで、自ら狩りに行かせる。この自立を促す厳しい愛情行動に出るのはライオンを始め、小鳥など沢山います。
これまで子ライオンに愛情をたっぷり注いで育てていた母ライオンが、子離れの必要な時期になると、手の平を返した態度で、子ライオンを追い払うシーンがあったり、優しかった母ギツネが子ギツネを自立させる時期と判断すると、態度を急変させて子ギツネを追い払います。
今まであんなに優しかった母親の急変した態度の理由がもちろんわからない子供は、激しく母親に追いすがります。
動物の母親は強いものが生き残る弱肉強食の厳しい自然環境の中で、我が子に生きる力を身につけさせるには、子どもが一番信頼をしている母親が突き放し、自分で学ばせることが効果的だと知っている。
いつ親が居なくなるかわからない世界で、子どもが自分の力で狩りができなければ、この弱肉強食の世界では生きていけないと知っているのは親側だけですから。
では、自分で「狩り」ができなくても生きていける私たち、「人間」世界はどうなんでしょう。
絶えない育児拒否や虐待、子殺し、そして大人の無責任で子供を不幸な環境に追いやる引きも切らない、形の変わった愛から生まれるモンスターペアレント。
人間は哺乳類ではかなり最低の部類であるんじゃないかな?
千尋の谷に落とすほどの強い愛情に関するニュースのほうが圧倒的に少ないし、むしろ聞いた事がない。
人間の持つわが子への愛情は、言い方が正しいかはわかりませんが、動物以下な気がしてきます。
もちろん、みんながみんなではありません。
しかし、教育現場に立つ人間として親を見る機会が多い仕事的に親の言動に目に付くシーンが多いのも事実。この親に、この子あり的な。
僕は本当の愛情は突き放すことも必要だと感じてます。
「可愛い子には旅させろ」的な言葉もありますが、最低限、他人に迷惑をかけない子どもに育てて、後は本人の意思に任せるでも良いと思ってます。
それで成功すれば褒めてあげればいいし、それで怪我したなら痛みを伴い、もうこんな痛みがあるからもうしない等の学びがある。
親の子どもに対しての
〇〇をやっちゃだめ!
〇〇をやりなさい!
〇〇は危ないから遊んじゃダメ!
は、全く意味がないし、それを言う親も、言われる子もお互いストレスなだけ。何故ダメなのかの理由を言葉で説明しても正直、子どもは理解に苦しみます。
これは僕自身、何年も自分の生活の中で様々な実験をやってきた持論です。親に言われてやっている事って、子どもには何にも身についてないんですよね。
上記の点を形を変えて、子ども達が色々な体験を出来て、わかりやすく理解できるコンテンツが、僕はスポーツだと思っています。
正直、子ども達は、親の目に付かない、親の知らない場所で勝手にどんどん成長しています。
千尋の谷に落とした後の子ライオン達は、壁をよじ登ってくる道筋で様々な体験や過酷な試練がある。
子どもに海外へ旅させて、旅先で財布無くして、言葉も通じない外国人が助けようとしてくれて話しかけてくれても、それが子どもからしたら怖い思いに感じて以降、財布を無くさない努力を自ら工夫しだしたりする。とか
これらの言葉の背景には親が見えてない場所で、様々な体験があり、子ども自身が自ら考え、答えを導き出そうとするから本当の意味で成長する。
人間と動物ではもちろん立場は違うけど、人間にも大きく当てはまる事が沢山あるかと思ってるし、動物から学べる事が多いと僕は思っています。
だから、僕も指導者として子どもが困っている時に手をかざしてあげたいけど、心で「ごめん」と言って助けない、見て見ぬフリをするシーンもよくあります。
子ども達は困っていたらコーチが助けてくれる。痛がったフリをしたらみんなが心配してくれる。そう心のどっかに甘い気持ちがあるからです。
でも、そこを自分の力で解決して這い上がってきてほしい。
手を差し出したい大人と、手を差しだしてくれるの待ちの子どもの、どっちが先に折れるかの我慢比べ対決みたいになりますが、笑
だから、平川コーチは冷たいな。と、保護者の方々には思われてしまうシーンも時にはあるかもしれないです。
でも、それはそれでいいんです。
それでその子達が変わり、自分から考えたり、行動を起こしたりする様な体験をするきっかけをスポーツを通じてさせてあげられるなら本望。
僕たちはスポーツで人を育てる仕事をしているので。
なので、サンタさんにひとつだけ、プレゼントもらえるなら、子ども達の気持ちが全てわかる機械とか、食いもんとかなんかあるならそれをお願いしたい。笑
皆さん、聖なる夜を大切な方々と密にならない程度にお過ごしください。
メリークリスマス!!