エピソード1「サッカーと共に」

平川正城公式ブログ「雑草からの挑戦」をご覧いただきありがとうございます。
最近はインスタグラムやフェイスブックなどで、気軽に呟きを行なっている関係で、こっちの公式ブログの更新を怠っていましたが、それでもちらちら気にしてアクセスしてくださっている方々も多かった様で嬉しかったです。
平川ブログを見に来てくださる様なマニアックな方々だと、ご存知だとはおもいますが、平川が8月25日を持ちまして38歳の誕生日を迎えます。笑
誕生日プレゼントは事務所宛でお待ちしています笑
と、冗談はさておき、、、
38年かぁ〜、と、思う反面、
今までやってきた事を思い出すと、まだ38かぁ!
と、感じることもあります。

そこで、今回は2013年に産声を上げたスポーツアカデミー〔MSA(マサキスポーツアカデミー)〕の歴史と、業界では異端児扱いされているぶっ飛んだマサキスポーツアカデミー施策「サッカースクール無償化」実施の経緯などを、昔の写真なども入れながらエピソードわけにして公開していこうと思います。
どの様な想いでスポーツアカデミーを立ち上げて、本当の意味で選手に寄り添える形とは、大人のエゴではなく、真のプレーヤーズファーストとは何か?
通信簿の成績が悪く、スポーツ推薦が取れなかったら高校に入れていなかったと担任に言われたほど、頭の悪かった僕がスポーツと共に生きていく意味などを書いていきたいと思いますので宜しければご覧ください。

サッカー選手になれなかったら幼稚園の先生に
昔から子ども達が好きで、もしサッカー選手としてうまく行かないのであれば、幼稚園の先生になりたい!
そう思っていた。
高校の3年生時に学校で取り組んでいた社会科実習課題などは、町田市にある幼稚園に行き、1週間の幼稚園&保育園先生体験を行うなど、、、
サッカー選手か
幼稚園、保育園の先生か
自分のやりたいことは当時から明確だった。

ただ高校卒業後、サッカー選手として活動出来る機会をいただけたので、まずは自分の身体が動く内はサッカー選手として勝負をしたい。そう思った。
でも、どこか脳内にチラつく、子ども達と関わりたい気持ち。
もちろん、プロサッカー選手として活躍をして子ども達に夢を与える。それも立派なことであり、アスリートだからこそ出来ることでもある。
でも、何かやっぱり違う。そういうんじゃない。
なんならそんなんは、俺じゃないアスリートの皆さんが既にやってくれている。
選手として活動してる反面、何か変なモヤモヤと個人的に戦っていた。

プロサッカー界での経験
お陰様で選手としては、湘南ベルマーレ、ザスパクサツ群馬、YSCC横浜、SC相模原などでプレー。
以降、地域リーグのクラブに移籍をして、現役としては28歳までやりました。
この様々なJリーグクラブ所属時期に、後々の僕にとって大きな影響を与える「スポンサー関連」の学びや疑問などを得ることが出来ました。
後付けになってしまうようですが、サッカー選手として、スタメンで試合に出たい。Jリーグで活躍して日本代表入りをしたい。そんな目標を僕は積極的に持てませんでした。
逆にプロの中でも芽が出る選手はひと握り。
そして
サッカー選手は、賞味期限が短いことも先輩プレーヤー達を見てわかっていた。
たぶんだけど、他のサッカー選手達とは視点を変えてみれるのは、自分の良さではないかなと思っていたからこそ、この世界に居れている間に学べる事、見れるものは見たい。
それをこれからの自分の為であり
これから色々なとこに伝えていく方に変換し価値にしていく。
どっちかというとそんなスタンスに考えてた感じ。

「エピソード2」は、8月16日(土)に公開







